【コラム】ファシアの柔軟性の解釈について
執筆者:永木 和載
運動器の構成成分としてのファシアには適度な柔軟性が求められると考えられています。しかしながら、高齢者の身体活動を注意深く観察するとファシアの柔軟性が低下している(あるいは、柔軟性が過度である)ことが合目的的であるように感じます。
高齢者の胸椎伸展可動域を例に考えてみます。高齢者の胸椎伸展可動域は若年者と比較すると往々にして低下しています。胸椎伸展可動域制限は頸椎の関節運動、あるいは上肢の挙上動作、はたまた胸郭の拡張性に影響を及ぼすことから、好ましくない状態であると考えられます。
しかし、「座位」から胸椎伸展可動域制限を見ると、解釈が変わります。胸椎全体が後弯した、いわゆる円背姿勢は胸椎前弯姿勢、直立姿勢と比べて脊柱起立筋群の筋活動量が低値を示すことが報告されています1)。円背姿勢の筋活動量が低値を示した理由は、脊柱後面のファシアにより生じた受動張力を姿勢保持に活用している為と考えられます。筋活動量の減少は姿勢保持に必要なエネルギー量が少なく済むことを意味するため、円背姿勢はエネルギー量の観点から合理的な姿勢であるといえます。
また、円背姿勢は直立姿勢に比べて身体重心位置の高さが低くなります。身体重心位置が低いほど物体の安定性は高まります。よって、円背姿勢は他の姿勢に比べ力学的に安定した姿勢であるといえます。更に、円背姿勢をとると眼前にある物体と頭部との距離が縮まります。このことから、円背姿勢は視力が低下した高齢者にとって合目的的な姿勢といえます。
このように高齢者の胸椎伸展可動域制限は座位の観点からみると必ずしも好ましくない状態とはいえません。そして、高齢者の体幹部のファシアの柔軟性低下は何かの目的(動作)を成立する為の代償の結果かもしれません。
ファシアの柔軟性については、こと高齢者においては安易に高めることばかりを優先するのではなく、症状の有無や視覚、聴覚、平衡感覚等の感覚機能の状態、あるいは日常生活動作能力、生活の実態等、様々な観点から慎重に解釈する必要があると考えます。
<文献>
1)Pooriput,et.al. Perceived body discomfort and trunk muscle activity in three prolonged sitting postures. Electromyography,Pain, Sitting posture.J Phys Ther Sci. 2015 Jul;27(7):2183-2187